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東京地方裁判所 昭和32年(行)91号 判決 1964年5月07日

原告 槙町ビルデング株式会社 外三名

被告 建設大臣 外一名

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

原告らの請求は、いずれもこれを棄却する

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

(原告会社の被告大臣に対する本件区域決定の取消しを求める請求について)

一、まず、被告の本案前の主張について判断する。

都市計画事業としての土地区画整理事業のように、私人の権利義務に変動を及ぼす行政処分が、一連の手続によつて行われ、最終の処分によつて、はじめて権利関係に終局的な変動が生ずるような場合においては、最終処分が行われた段階においてその処分の効力を裁判上争わせれば足りるという見解もないわけではない。しかしながら、都市計画としてなされる土地区画整理事業を施行すべき区域の決定がなされると、施行者(ここでは都道府県知事のみについて考える。)は、土地区画整理法第三条の規定により土地区画整理事業を行うことになり、土地区画整理事業を施行する場合には、同法第六六条ないし第六九条、第六条によつて、施行規程と事業計画を定めなければならず、右事業計画がいつたん決定されると、その後の手続は特別の支障がない限り機械的に進められ、施行者は事業計画で定められた内容にしたがつて、換地計画を定め、(同法第八六条第一項)、必要があれば施行区域内の宅地について仮換地の指定をし、(同法第九八条第一項)右指定があつた後は、従前の土地に存する建築物等を必要に応して移転・除却することができ(同法第七七条)、さらに、換地計画にかかる区域の全部について工事が完了した後は遅滞なく換地処分をしなければならないことになつている(同法第一〇三条)のであるから、いつたん右区域決定がなされると、施行区域内に存在する土地、家屋に関して権利を有する者は、その後の手続の進行に伴い、将来仮換地指定処分、換地処分等、具体的な法律効果を伴う行政処分によつて権利に影響をうけることが充分予想されるのである。のみならず区域決定がなされると、その区域内の土地家屋につき権利を有する者は都市計画法第一一条の二、同法施行令第一一条の三、第一二条、第一四条により、建築物の新築、増築、その他について法律上制限を課せられ、直接不利益をうけることが明らかである。なるほど、区域決定により受ける右不利益は、区域決定によつて生ずる区域内の土地、家屋の所有者らに対する一般的制限の効果であり、許可を受ければ新築増築等も許されるものであることは被告主張のとおりであるが、これらの者は、その区域内の土地、家屋に、権利を有しない一般の第三者と異なり、右区域決定によつて現実に権利の自由な行使を制限され、不利益をこうむるのであるから、右権利者らに直接向けられた処分による権利の制限と区別して、これらの者が、右区域内決定の違法を争い得ないものと解すべき理由にはならないのである。また被告は、本件区域決定に伴う都市計画による前記建築制限は、昭和三二年三月三〇日東京都知事が本件区画整理事業について、事業計画を決定し、これを公告したことにより、すでに解消しているから、原告会社は本件区域決定の取消しを訴求する利益がないと主張するが、土地区画整理法第七六条第一項は、土地区画整理事業の施行区域内の建築制限を解除した規定ではなく、同項第四号の事業計画の公告があつた場合には、同日以後換地処分が行われるまでの間、施行区域内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれのある土地の形質の変更、もしくは建築物その他の工作物の新築、増改築等を行おうとする者は、建設大臣もしくは都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めた規定に過ぎないのであるから、事業計画の公告がなされても、施行区域内の建築制限が解除されるわけではなく、ただ、建築制限の根拠法条が変つたというに過ぎないのであつて、いずれにしても施行区域内における権利者の権利が制限されることに変りはないのであるから、被告の右主張は理由がない。したがつて、施行区域内の土地家屋について権利を有する者は、違法な区域決定の取消しを求めて出訴することができるものと解するのが相当である。

二、次に本案について判断する。

(一)原告会社の(二)の(1) 、(イ)の主張について、

東京駅八重洲口広場附近土地区画整理事業の施行区域案(本件区域決定の原案)が、東京都市計画地方審議会に付議され、その答申に基づいて本件区域決定がなされたことは当事者間に争いがない。

原告会社は、本件区域決定は、都市計画法第二条に基づいてなされたものであると主張するので、この点について考えてみるに、同法第二条第二項によると「主務大臣は関係市町村及び都市計画審議会の意見をきき、第一項の市町村の区域にかかわらず都市計画区域を決定することを得」と規定しているが、同条の都市計画区域とは、都市計画の対象となるべき区域をいい、主務大臣は、都市計画樹立の便宜から都市発展の趨勢を考察して市町村の区域にかかわらず都市計画の目的たる区域として、これを定めるに過ぎないのであるから、右都市計画区域の決定があつても、直ちに具体的な都市計画事業が施行されることにはならないのである。しかるに同法第三条により一定の区域の土地について、都市計画として土地区画整理事業を施行すべきことが決定されると、土地区画整理法第三条第三、四項によりその区域の土地につき具体的な土地区画整理事業が行われることになるのである。かかる意味において、本件区域決定が都市計画法第三条により決定された土地区画整理法第三条第三、四項にいう「都市計画として土地区画整理事業が施行されるべき区域」の決定であることは、原告会社の主張の趣旨及び成立に争いがない甲第一号証によつて明らかであるから、本件区域決定が都市計画法第二条によつて行われたことを前提とする原告会社の主張はそれ自体失当である。

そこで、さらに原告会社の同法第三条に関する主張について断するに、原告会社は、本件区域決定は東京都市計画地方審議会の特別委員会における一委員の虚偽の発言に基づいてなされた違法な答申に基づいてなされたものであるから違法であると主張する。そして成立に争いがない甲第二〇号証の一ないし九、証人鈴木潤三の証言によりその成立を認めうる甲第二二号証、同証人の証言及び原告会社代表者古川達四郎本人尋問の結果によると、同審議会は、本件区域決定に関する案とともに、これと同時に決定された東京駅八重洲口広場の造成を目的とする計画広場決定の案が付議されるや、その調査を同審議会の特別委員会に付託したが同委員会は、原告会社を含む地元民が東京駅八重洲口広場一帯の土地区画整理事業に強い反対の態度を示している(地元民の反対理由は、各人の利害関係が異なるところから、必ずしも一致していない。)ことを考慮し、昭和二九年九月一四日から昭和三一年五月一〇日までの間一〇回に及ぶ委員会を開催し、東京駅八重洲口本屋(国鉄会館ビル)及び駅前広場の使用状況等についても資料を集め、慎重に調査、審議した結果、原案の一部を修正して議決し、同審議会はそれに基づき、さらに同年五月一四日の同審議会において審議した結果答申案を議決し、答申をするに至つたものであるが、右特別委員会の昭和三一年五月一〇日の会議においては、篠原虎之輔委員が、前日槙町ビルの賃借人の一人を含む地元関係者三人と会談した結果について発言し、修正案の線ならば地元も承諾するといつていると述べたこと、しかし、この案は原告会社らの意に沿うものでなかつたことが認められる。しかしながら、同審議会の特別委員会の決議なるものは、同委員会の出席委員各人のそれぞれの判断による自由な意見に基づいてなされるべきものであつて、一委員の発言に。よりその効力が左右されるべき性質のものではないから、同委員会の席上で、一委員が右のような発言をしたとしても、それが直ちに同委員会の決議のかしとなるべきものではなく、いわんや、同審議会の答申案め議決は、さらに同審議会における審議を経て、委員各自の自由な意見によつてなされたものであるから、この議決に基づく答申が、右のような事由によつて違法となるものでないことはいうまでもない。したがつてこの点に関する原告会社の主張は理由がない。

(二)原告会社の(二)の(1) 、(ロ)の主張について、

本件土地区画整理事業が、本件区域決定と同時になされた計画広場決定に基づく東京駅八重洲口広場の造成を目的とするものであり、したがつて、右計画広場内にある原告会社のビルの移転、除却を前提として本件区域決定がなされたものであることは成立に争いのない甲第一号証、第一二号証、第二〇号証の一ないし九、証人山田正男、同塩沢弘の各証言及び検証の結果により明らかであるが、都市計画は、都市計画法第一条に明定するごとく、交通、衛生、保安、防空、経済等に関し、永久に都市の公共の安寧を維持し、福利を増進する目的をもつてなされるものであつて、その計画及び実施については都市政策上の専門的、技術的判断を必要とするものであるから、都市計画ないし都市計画事業を、いかなる時期に、いかなる区域について、いかなる方法で実施するかの判断は、法令の定める範囲内で関係行政庁の裁量により決すべき事項というべきである。したがつて、裁量権の踰越ないし濫用がない限り同法第三条に基づく決定は違法とはならないものと解するのが相当である(行政事件訴訟法第三〇条参照)。

そこで、かかる見地から、本件区域決定に違法があるか否かについて検討する。

(1)  東京駅八重洲口降近において外濠の埋立計画が進められ、昭和二三年六月一八日建河収第一五六号の二をもつて、東京都知事より日本国有鉄道(当時は運輸省)に対し、中央区日本橋呉服橋二丁目より槙町二丁目までの公有水面の埋立てが承認され、その工事がなされたこと、右埋立て承認書によると、右埋立て承認には、「東京駅本屋降属建物敷、駅前広場及び道路を造成すること」との条件(負担)が付されていたこと、国鉄が、その所有地を株式会社国際観光会館のビルの敷地として使用することを承認し、同会社は、右埋立地の一部約二四〇坪を占有して国際観光会館ビルを建築したことは当事者間に争いがない。ところで、都市計画の施行区域内において、公有水面の埋立てがなされ、埋立地の上に、道路、広場等の公共施設の造成が期待できるような場合には、できるだけ埋立地の上に公共施設の造成を行い、区域内の住民の負担を軽滅するよう図られねばならないことは、都市計画ないし土地区画整理事業が、公共目的のためにする公用負担の一種であるところからして当然であり、前記公有水面の埋立て承認に際し、前記のような条件が付され、埋立地の利用につき制限が課せられたのもその趣旨に基づくものといえる。もつとも、東京都の土地区画整理については、昭和二一年四月二五日戦災復興院告示第一三号により東京復興都市計画土地区画整理に関する告示がなされ、ついで原告会社の土地を含む東京駅八重洲口広場一帯の地域については、昭和二二年二月二〇日同院告示第五五号をもつて東京都市計画東京駅降近広場及び街路計画が告示されたが、昭和二五年三月二日建設省告示第一〇五号をもつて、原告ら所有の土地及びその降近土地が都市計画土地区画整理の対象から除外されたことは当事者間に争いがないところであり、右地域が土地区画整理の対象から除外されたのは、当時のいわゆるシヤウプ勧告に基づく経済九原則により、戦災復興都市計画を縮少するとの内閣の方針に基づいて決定されたものであるが、東京駅八重洲口広場の整備計画が中止となつたものでないことは、成立に争いがない甲第二三号証の七ないし一一及び証人塩沢弘、江藤智の各証言により認められるところであるから、本件区域決定及びこれと同時になされた計画広場決定に当つても前記公有水面の埋立ての趣旨が充分尊重されなければならないことに変りはない。

したがつて、国鉄が本件区域決定及び計画広場決定がなされる前に、前記のごとく埋立地の一部を株式会社国際観光会館に使用させ、東京駅本屋降属建物として必須のものといえるかどうか疑問の余地ある同会館のビル(同ビルが、一部を除き、主として観光関係の業務に使用されていることは検証の結果により認められるところである。)を建築させたこと(この建築が本件区域及び計画広場決定前であることは塩沢証人の証言により成立を認めうる甲第一七号証の一により明らかである。)は、果して当を得た措置であるかどうか問題であるということができ、本件計画広場決定ないし本件区域決定により建物の移転又は除却を余儀なくされるおそれのある原告会社らがこの点について、強い不満を抱いており、昭和三一年四月ころ衆議院の建築委員会においてこの問題が取り上られた際、同委員長より、国鉄、東京都知事等に対し、外濠の埋立地の利用及び八重洲口駅前広場の問題について、遺憾な面があることを表明するとともに、東京駅八重洲口駅舎並びに広場の合理的な整備に遺憾なきことを期するよう申入れがあつた(右申入れがあつたことは証人山田正男の証言により認められる。)のも、このようなところから出ているものと思われる。

しかしながら、前記埋立て承認の条件はその意味が必ずしも明確ではない(たとえば、附属建物はどの範囲のものまでを含むか、また、東京駅本屋及び附属建物以外の建物の建築は絶対に許されないものかどうか(証人塩沢弘は他の建物の建築を絶対に許さぬ趣旨でないと証言している。)等)から、国際観光会館ビルの建築が右条件に明白に違反しているとも断じがたい。のみならず前記のように、国際観光会館ビルが埋立地を敷地として使用している部分はわずか二四〇坪であり、しかも該部分は、本件土地区画整理事業の目的となつた東京駅八重洲口広場の北西隅で駅本屋である鉄道会館ビルから約四〇メートル離れたところにあることは成立に争いがない甲第二号証及び検証の結果により明らかであつて、右埋立地占有部分の面積、位置からすると、埋立地上に国際観光会館ビルがある場合と否とで八重洲口広場の広狭及びそれに伴う交通事情の錯綜にどれほどの影響を与え、特に原告会社所有地の区画整理にどれほどの・影響を与えているかの疑問であるし、また成立に争いがない甲第二〇号証の一ないし九及び証人塩沢弘、山田正男の各証言によると、八重洲口広場の境域の決定については、同広場を南北に走る呉服橋から鍛治橋に至る道路の過去及び現在の交通量、八重洲口の乗降客数等を調査し、将来の自動車、乗降客、歩行者等の増加を科学的に測定し、首都の玄関口である東京駅八重洲口広場の秩序ある交通系統を維持するために最少限度必要なものとして、東京都市計画地方審議会の議を経て本件計画広場決定及び本件区域決定をなしたものであることが認められ、原告会社の主張を認めて右認定を覆えすに足りる証拠はないから、このような事実関係からみれば、原告会社主張のように右埋立地に国際観光会館ビルを建築させなかつたならば、埋立地と旧来の道路敷地のみをもつて駅前計画広場及び道路を建設し得たものとはにわかに断定することができない。したがつて同埋立地上に右ビルの建築が許されたからといつて、これによつて、直ちに被告大臣のした本件区域決定が違法となるものということはできない。

次に、鉄道会館ビルが埋立地上にあるか否かについては、当事者間に争いがあるが、国ビルは、本来、東京駅本屋として建築されたものであるのみならず、原告会社主張の起点に基づいて測つても、わずかに庇の部分が約一間の巾をもつて埋立地にかかるに過ぎないことは検証の結果により明らかであるから、埋立地使用と広場の広狭とは格別関係がないものというべく、この点についての原告会社の主張は失当であり、また、国際観光会館ビルの他に、右埋立地上に、国鉄労働会館、日本オートサービス株式会社のビルがあることは当事者間に争いがないが、これらの建物についても、その建築が本件区域決定特に原告会社所有地の区画整理に影響を及ぼしたことを認めるに足る証拠がないから、この点に関する原告会社の主張も理由がない。

(2)  鉄道会館ビル(七階建て)が東京駅八重洲口広場に面し建築されたことは当事者間に争いがなく、右ビルは、当初一二階建てにする計画であつたが、東京都建築審査会が昭和二八年六月一八日付答申をもつて「八重洲口駅前鉄道用地、その前面道路及びその道路の対側にわたり一連の適当な広場の開設」を確認した時期において許可することの条件を付して、東京都知事に対し、右ビルの建築について建築基準法第五七条第一項但し書の許可を与えることに同意したので、同知事は右一二階建ビルの建築許可を留保し、七階までの部分についてこれを許可したものであることは成立に争いがない甲第一六号証及び証人江藤智の証言により認められる。

原告会社は、右答申の許可条件を充足するために本件土地区画整理事業を施行しようとするものであると主張する。そして前記建築審査会の答申に前述のような条件が付されていること、本件区域決定及び本件計画広場決定の原案が、右答申後間もなく(昭和二九年七月二七日)東京都市計画地方審議会に付議されたこと等からみれば、原告主張のような疑惑を生ずる余地がないではない。しかしながら、もとより、これだけでは、直ちに本件土地区画整理事業が鉄道会館一二階建ビルの完成のためになされるものと断ずることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。(証人鈴木潤三の証言及び原告会社代表者古川達四郎本人尋問の結果中、右原告主張に沿う部分は後記証拠に照らしにわかに採用しがたい。)かえつて、成立に争いがない甲第二〇号証の一ないし九、同第二三号証の七、九及び証人塩沢弘、同山田正男、同江藤智の各証言を綜合すると、東京駅八重洲口駅舎については、昭和二二年に「東京都市計画東京駅附近広場及び街路計画」が決定されたころより、その建設の計画があり、当初の計画によると駅舎の位置は外濠の埋立地の上に建設される予定になつて居り、駅前広場も広大な地域にわたつて拡張されることになつていたが、昭和二五年にいつたん右地域が都市計画土地区画整理事業の対象から除外されるとともに、その後駅舎の建設も現在の鉄道会館ビルの敷地の線まで後退することになつたので、関係行政庁の協議により、当初の駅前広場の拡張の計画を縮少し、前記のごとく将来の乗降客、自動車等の増加の予想から、最少限度の必要な面積として、原案を作成し、東京都市計画地方審議会の答申を経て、本件計画広場決定及び区域決定がなされたものであつて、原告会社主張のごとく、鉄道会館ビル一二階建ての完成のために本件土地区画整理事業がなされるものではないことが認められ、他に原告会社の主張を認めて右認定を覆えすに足りる証拠はない。

もつとも、東京八重洲口広場に面し、鉄道会館ビルの巨大な建物を建築し、その大部分を百貨店等に使用させること(同建物の大部分を株式会社大丸が百貨店として使用していることは検証の結果により明らかである。)は、同広場に出入りする人の数を増加させる結果になることは原告会社の主張のとおりであるが、前記甲第二三号の七及び証人江藤智の証言によると、同駅八重州口の駅舎は、もと木造で戦後火災によつて焼失したが、当時資金難のため、国鉄当局としては、民間資本の導入により、いわゆる民衆駅の構想のもとに駅舎を建設することとし、もと国鉄総裁加賀山之雄を設立発起人とする株式会社鉄道会館を設立せしめ、一部を駅舎、職員の厚生施設に使用させる約束のもとに、同社をして鉄道会館ビルを建設させたものであることが認められる。そして、右のようないわゆる民衆駅の建設は、本件におけるように、駅前広場の余地が十分でない場合に果して妥当な方策であつたかどうかは議論の余地のあるところであるが、これによつて、駅前の計画広場決定ないし本件区域決定が違法となるものということはできないものというべきである。

以上のとおりであつて、本件区域決定には原告会社主張のような違法はないから、原告会社の右主張は失当である。

(三)  原告会社の(二)の(1) 、(ハ)の主張について、

本件区域決定による土地区画整理事業の進行に伴い、原告会社のビルの移転又は除却の必要が生ずることは原告会社の主張のとおりである。

しかしながら、本件区域決定は、前記埋立地上に国際観光会館ビル等を建築した結果または、鉄道会館ビルの一二階建てを完成するため行われるものとは断じがたく、むしろ、首都の玄関口である東京駅八重洲口広場における秩序ある交通系統を維持するため、広場の拡張、整備をなすとともに、区域内の宅地の利用増進を図ることを目的としてなされたものであることは前述のとおりであり、また、本件区画整理事業の進行に伴い原告会社のビルの移転もしくは除却の必要が生ずるとしても、それによつて生ずる損失については、土地区画整理法第七八条第一項により、施行者からその補償を受けることができるのであるから、本件土地区画整理によつて国際観光会館ビル等が移転、除却されないとしても本件区域決定が憲法第一三条、第二二条、第二九条等に違反するものということはできない。

したがつて、この点に関する原告会社の主張も、また採用できない。

(四)  以上のように、原告会社の被告大臣に対し、本件区域決定の取消しを求める請求は理由がない。

(原告ら四名の被告知事に対し、本件事業計画決定の取消しを求める請求について、)

一、本件区域決定並びに本件事業計画決定がなされたことは当事者間に争いがない。

二、原告らは、本件事業計画決定は、その前提となる本件区域決定が違法であるから、この違法を承継し違法であり、また事業計画決定自体も都市計画法第一条、土地区画整理法第一条、憲法第一三条、第二二条、第二九条に違反し違法であると主張するが、本件区域決定が適法であることは前述のとおりであり、本件事業計画決定自体も右各法条に違反するものでないことは、右区域決定の取消しを求める請求について述べたところにより明らかであるから、原告らの右主張は失当である。

三、原告らの(二)の(2) 、(ハ)の主張について、

土地区画整理法第三条第四項によると、国の利害に重大な関係がある土地区画整理事業で災害の発生その他特別の事情に困り、急施を要すると められるものについては、建設大臣は都市計画事業として国の機関としての都道府県知事又は市町村長に施行させることができる旨の規定があり、本件区域決定にかかる土地区画整理事業が、右条項により国の行政機関としての被告知事が都計画事業としてこれを施行するものであることは、当時者間に争いがなく、「国の利害に重大な関係がある土地区画整理事業」とは、国の政治、経済上重要な位置を占める地域の市街地の整備又は建設に必要不可欠な土地区画整理事業をいうものであることは、原告ら主張のとおりである。

しかし、都市計画ないし土地区画整理の計画及び実施については、都市政策上の専門的、技術的な判断を必要とするところから、いかなる時期に、いかなる方法により、いかなる区域について都市計画事業ないし土地区画整理事業を施行するかについての判断は、行政庁の裁量に属するものであることは前述のとおりである。したがつて、本件土地区画整理事業が土地区画整理法第三条第四項にいう国の利害に重大な関係がある場合にあたるか否か、災害の発生その他の特事の情別により急施を要するものであるか否かの建設大臣の認定について、裁量権の踰越ないし濫用がない限り違法とはいえないものと解すべきである。しかるところ、原告らは、(1) 東京駅は、すでに前後に相当の広場を有して居り土地区画整理事業の必要がないこと、(2) 本件土地区画整理事業は、建設大臣が公平な区画整理を意図することになく、公有水面埋立てについての条件に反して私企業に埋立地を使用させた結果生じた広場の狭まりを、今日になつておぎなわんとするものであること等を理由に本件土地区画整理事業が違法であると主張する。

しかしながら、東京都の中心部に出入する人口が著しく増大した今日、東京駅八重洲口広場の交通量が増加し、交通系統が錯綜していることは公知の事実であるから、東京駅が前後に相当の広場を有しているとしても、これだけで直ちに本件土地区画整理事業を施行する必要がないとはいえない。のみならず、本件区画整理事業は、すでに述べたごとく、東京駅八重洲口広場の過去、現在の交通量を調査し、同広場の将来の交通量の増加を科学的に測定し、首都の玄関口としての同駅八重洲口広場の秩序ある交通系統を維持するため、最少限度の必要から、広場の拡張区域を定め、その建設の目的のために施行されるものであつて、原告ら主張のごとく、国際観光会館、鉄道会館等の民間企業に外濠埋立地を使用させた結果生じた右広場の狭まりをおぎなうためになされるものでないことは前述のとおりであるから、他に建設大臣の前記認定ないし判断に裁量権の踰越ないし、濫用があることの立証がない以上、本件土地区画整理事業は違法とはいえない。したがつて、原告らの右主張は失当である。

四、以上のとおり。被告知事に対し本件事業計画決定の取消しを求める原告らの請求もまた理由がない。

(原告ら四名の被告大臣に対し、本件訴願裁決の取消しを求める請求について、)

一、原告らの主張の日に、本件区域決定並びに本件事業計画決定がなされたこと、被告知事が原告ら主張の日に、原告ら所有の上地に対し仮換地指定処分をなし、原告らがこれを不服として昭和三五年一二月二二日被告大臣に訴願を提起したころ、被告大臣が昭和三六年五月三一日付をもつて原告らの訴願を棄却する旨の裁決をなしたことは、当事者間に争いがない。

二、原告らは、本件仮換地指定処分は、その前提となる本件区域決定及び本件事業計画決定が違法であるから、その違法を承継して違法であり、また仮換地指定処分自体も、都市計画法第一条、土地区画整理法第一条、憲法第一三条、第二二条、第二九条に違反し違法であると主張するが、本件区域決定及び本件事業計画決定が適法であることは前述のとおりであり、本件仮換地指定自体も、右各法条に違反するものでないことは、本件区域決定及び本件事業計画決定の取消しを求める請求について述べたところによりおのずから明らかであるから、原告らの右主張は失当である。

三、原告らの(二)の(3) 、(ハ)の主張について、

当裁判所が原告ら主張の日に、本件事業計画決定の取消しを求める訴えが適法である旨の中間判決をなし、その理由において、原告ら主張のごとく述べていることは当事者間に争いがない。しかしながら、右中間判決の理由において、「……以後の手続は事実計画決定の違法を承継してかしあるものとなるので、結局において無駄な手続が積み重ねらられる……」と述べているのは、広場、道路の設置を目的とする土地区画整理事業において、かしある事業計画決定がなされたときは、その計画あれた広場道路内の土地、家屋に対し権利を有する者は、その後の手続の進行に伴いなされる仮換地指定処分、建築物等の移転、除却処分、換地処分等、直接に具体的な法律効果を伸う行政処分がなされるのをまつことなく、事業計画決定の取消しを求めて出訴し得るものであることの説明として述べているに過ぎず、本区域決定ないし本件事業計画決定が違法であるとの判断を示したものではなく、また、原告ら主張のごとく、事後の手続を実施することについて注意を与えたものでもないことは、右中間判決の理由の全体をみれば明らかである。のみならず行政処分は、いつたんなされると当該処分の取消しの訴えが提起されても、その処分の効力、執行又は手続の続行の停止を命ずる裁判所の決定がなされるまでは、その処分の効力、執行又は事後の手続の続行を妨げるものでないことは、行政事件訴訟特例法第一〇条第一項、行政事件訴訟法第二五条第一項の明定するところであり、本訴においては、本件区域決定についてはもちろん本件事業計画決定についても執行停止の決定がなされていないことは記録上明らかであるから、被告知事が右土地区画整理事業の手続を進行させ、原告らに対し仮換地の指定処分をしたことをもつて、行政権の濫用ということはできない。

したがつて、原告らの右主張は失当である。

四、原告らの(二)の(3) 、(ニ)の主張について、

土地区画整理法第九八条第一項は、施行者仮換地指定処分をすることができる場合として、(1) 土地の区画形質の変更もしくは公共施設の新設、変更にかかる工事を施行するため必要がある場合(以下単に前段の仮換地指定処分という。)、(2) 換地計画に基づき換地処分を行うために必要がある場合(以下単に後段の仮換地指定処分という。)、の二つの場合を規定しているが、前段の仮換地指定処分は、換地処分を行う前において、工事のために一時的に使用収益権を他に移す必要のある場合、すなわち一時利用地的な意味で指定する場合であり、後段の仮換地指定処分は、換地計画がすでに決定されてはいるが、換地処分を行うにはまだ準備不充分であつて、換地計画に定められた換地を一応仮換地として指定しておく必要のある場合、すなわち換地の予定地的な意味で指定する場合であることは、同条の規定の趣旨からして明らかなところである。したがつて、後段の仮換地指定処分は、その性質上当然に換地計画が存することが予定されているが、前段の仮換地指定処分は必ずしもこれを前提とするものではないから、施行者は、土地区画整理の工事のため必要がある以上、換地計画があると否とを問わず、また換地計画を定めるにつき時に困難な事情があると否とにかかわらず、前段の仮換地指定処分をなすことができるものというべきである。なるほど、換地計画の決定につき、同法がその第八六条ないし第九七条において詳細な規定を設けたのは、一面において、土地区画整理事業の中核となる部分について、その運営の基準を与えるとともに、他面において、国民の権利の保障を確保しようとするものにほかならないことは 原告ら主張のとおりであるが、だからといつて、このことから仮換地指定処分は原則として換地計画に基づいてしなければならないものと論断することはできない。なんとなれば、換地計画がなく仮換地を指定する場合においても、施行者は、同法第九八条第二項により、同法に定めた換地計画の決定の基準を考慮して仮換地を指定しなければならないことになつており、またこの場合においても、換地処分をなすためには、換地計画を定めなければならず(同法第一〇三条第一項)、換地計画に不満のある当事者は、同法第八八条第三項ないし第七項により、施行者に意見書を提出し、その審査を経て換地計画に修正を加えてもらうことも可能であり、(後段の仮換地の指定の場合においても、必ずしも仮換地が換地計画に換地として定められた土地の位置面積に一致するものでないことはいうまでもない。)換地計画がある場合に比して特に当事者に実質的な不利益を与えるものとはいえないからである。

そこで、本件仮換地指定処分について、工事のための必要があるか否かについて考えてみるに、本件土地区画整理事業が本件計画広場決定により定められた東京駅八重洲口広場の造成を目的としているところ、原告会社のビルを他に移転する必要があることは明らかである。そして、原告栄夫、同登夫、同登夫、同節子ら共有のの土地が原告会社の土地の背後に密接して所在し、原告会社のビルを移転するためには、右土地の使用収治に影響を及ぼさなければならないことは当然うかいがいうるところである、原告会社のビル移転に伴い、右土地の使用収益権能を他に移すため仮換地を指定する必要があることは明らかである。(なお同法第九八条第一項前段の工事のため必要がある場合とは、単に直接工事の対象となつた土地の使用収益を停止し、これに代わるべき土地を定める必要がある場合ばかりでなく、工事の対象となつた土地の仮換地を指定するため、その近隣の土地について、順次仮換地を指定する必要がある場合をも含むものと解するのが相当である。けだし、かく解さなければ、施行者が一定の土地につき範理権その他の使用収益権を有している場合以外、工事のために仮換地指定処分をすることができないことになるが、このようなことは、常に期待し得ないところであるから、実際上、工事の施行は提地計画が定められるまで不可能となり、土地区画整理事業の進捗を著しく阻害する結果となることは明らかであるからである。)

原告らは、換地計画に基づかないで仮換地を指定する場合は、仮換地が同法第八九条以下の基準に適合しているかどうかの具体的な事項のほか、同法第八六条第三項各号に掲げる事項についても、土地区画整理審議会の意見をきかなければならないと主張するが、同条の規定の趣旨からみても、そのように解すべき根拠のないことは明らかというべく、同法第九八条第三項の仮換地定処分についての土地区画整理審議会の意見は、仮換地の指定自体、すなわち仮換地の指定をする必要があるかどうか、仮換地として指定しようとする土地が換地計画がある場合には、換地計画の決定の決定の基準となる同法第八九条の規定に適合するかどうかについて、これを聴取すれば足りると解するのが相当である。

してみると、被告知事が、原告らに対してなした本件仮換地指定処分には、原告ら主張のような違法はないから、この点に関する主張は失当である。

五、以上のとおりであつて原告らの本件訴願裁決の取消しを求める請求は理由がない。

(結語)

よつて、原告らの請求を、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九三条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 桜林三郎)

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